苛酷な人生を強要された女性が、誇りひとつを胸に自律的に生きた姿を、いい文章で綴っている。わずか4歳の時、父の罪なき罪で40年間幽閉された女が、兄から四書五経を学びつつ、自分のアイデンティティーをどう守って生きたか。竹矢来の内側に40年いて、初めて世の中というものに出て行き「川」を見たときの感銘が美しい文章で表現されていた。閉塞状況の中で、谷秦山という学者に、運命的な恋心を抱く。最後までプライドを捨てることなく、66歳の生涯を歩んだ婉という女から、現代人はいろいろなことが学べると思う。 婉という女・正妻 (講談社文芸文庫) 関連情報
『サライ』に1999年1月から2000年10月まで連載されたもので、大原はその直後に死去している。そのため結末の部分が、牧野植物図鑑の謝辞の引き写しのようになっている。 概して牧野については、学歴がなくて認められなかったとか言われるが、これは牧野が豪商の家に幕末期に生まれ、既に明治初期に十分な学力をつけたと自負したためである。「スエコザサ」で知られる妻樹衛子だが、それ以前にいとこの猶と結婚しており、ただ京都の芸妓の娘だった樹衛子と、妊娠させてずるずる一緒になったこと、実家を破産させたというのも、学問に打ち込んだからというより、人力車を乗り回すといった贅沢ぶり。なぜか牧野の生涯は映画化とかされないのだよなあ。なんでだろう。大原が死んだため津本陽が解説を書いているが、妙に冷淡である。 しかしまあ、博士号をとったら教授にしてもいいじゃないかと思う。東大のケチ。 草を褥に―小説牧野富太郎 (サライBOOKS) 関連情報
失脚した土佐藩執政、野中兼山(良継)の娘たちと正妻の物語をまとめた本。因みに「日陰の姉妹」は、著者の高知訪問記をも含んだ短編。著者の作品は「建礼門院右京大夫」以来ですが、この中では「正妻」が一番読み応えがあった。兼山と市の夫婦関係が明かされ、「婉〜」で得た疑問に答える内容だったからだ。「婉〜」では故人だった兼山がこちらでは精力的に動いていて、イメージが掴みやすかったのもある。また柔らかい強さを持つ市さんに比べ、婉さんの堅い強さがちょっと怖かった部分もある。それは兼山の血のあるなしか、対象から与えられるものの違いかも知れないが…。「婉〜」は当初抱いたイメージとは違うものの、読み進む内にほぼ予想通りの展開を踏む。「日陰の姉妹」はその後の方が気になりました。 婉という女・正妻 (講談社文庫 お 6-1) 関連情報