斎藤緑雨 商品

斎藤緑雨 斎藤緑雨

末尾のデータによると、「思い出す人々」(春秋社、1925年初版発行)の中の「緑雨の十周年」の青空文庫だそうです。

高校時代に教科書に出てきた、郷里の文人、齋藤緑雨の書いたものを読もうとしたのですが、ことばが古いのと、「端唄」という聞きなれないジャンルが出てきたりするので、本人の作品を自力で堪能するには、私はまだ10年くらい早いみたいなので(笑)、どうしようかな?と思っていたら、本書に出会いました。

書いた内田魯庵(1868-1929)という人物のことは何も知りませんでしたが、緑雨の書いたものよりは、格段に読みやすく、電子書籍なので、辞書機能をフル活用させると、文章に小気味のよいリズムがあって、楽しく読めました。紙の本だったら、苦労しただろうと思うので、良い時代になったとおもいました。

読むと、緑雨という人物の後の方の半生をかいま見させてもらっているような気になります。文筆家として一本立ちすることを目指したが、生涯にわたりスーパーリッチだったことはないと思いますが、独特の辛口な文章で結構もてはやされた時代がすぎて、それでもまだまだ強がりを言い、とことん零落まではしていないころの緑雨との交友の記録が、書かれていて、興味ぶかいです。

相当ひねくれた人だったようです。。。

例えば、経済的に逼迫していていると言いつつ、朝から夕方まで魯庵のところにやってきて、とりとめのない話をして過ごす間中、自分専用の車夫を軒先に待たせていた、とか、外食に誘うといかにも一流どころでないと行かないとごねて、結局、魯庵の家の質素な料理をさんざん悪口をいいながら、すっかり平らげるとか、貧乏くさいことをいうわりには、いつも一張羅の高い着物を着るのをやめなかったとか、かなりひねくれているにも拘わらず、魯庵の描写はとても暖かい、それほど嫌ってはいないことがはっきり分かります。その後、もっと落ちぶれて、疎遠になっていたあたりの緑雨に対してはあまり好きではなかったようですが、そこの部分をあからさまに書くようなことはせず、最後に受け取った緑雨からの手紙を掲載して、緑雨との思い出を偲んでいる文章のトーンが、礼節をわきまえた大人同士の友情としてうかがえるところが読んでいて気持ちがよく、魯庵という人の文章が好きになりました。 斎藤緑雨 関連情報

斎藤緑雨 青眼白頭

高校のときに教科書で読んだ齋藤雨のアフォリズム(警句)集です。 青眼白頭 関連情報

斎藤緑雨 斎藤緑雨 (明治の文学)

斎藤緑雨は、今から142年前の1868年1月24日に神戸に生まれた小説家・評論家。
樋口一葉は24歳で斎藤緑雨は36歳という、ふたりとも早すぎる死でした。

彼の名前は、樋口一葉がらみで出てきて知りましたが、彼女との師弟関係というか恋愛関係というか、ともかく浅からぬ仲だったことは確かで、樋口一葉は日記にもそっと書いていたり、斎藤緑雨も、彼女の死後に全集の編集に尽力したり遺族の面倒を見たりして世話を焼いているところをみると、あるいは一葉日記を手元に置いて離さなかったことも考えると、想像以上の思い入れがあったはずです。

それにしても、その当時、森鴎外が創刊した文芸雑誌「めさまし草」には、三人冗語、という合評欄があって、そこに森鴎外・幸田露伴・斎藤緑雨の3人が評者として書いたものが大人気だったといいますが、前者の2人の押しも押されぬ現在にいたっての知名度の高さに比べて、何ともひとり斎藤緑雨だけがあまりにも低い評価であることでしょうか。

私は学校や町の図書館で、明治文学全集やなんかを読んだりした時に出会って、独特の言い回しの文章やグサッと来る警句というかアフォリズムに注目してすぐに気に入ったのでした。

単なる皮肉屋とか野次馬くらいにおとしめられている現状は、おそらく直接には、同時代のやり玉に挙げられた作家・政治家・評論家たちから煙たがられた結果の抹殺に近い無視が原因だと考えられますが、思えば死後の作家の評価などというものは、読者というか読まれ方が左右するというより、いかに信奉者が強力にデモンストレーションしたかということで、無名の宮澤賢治がクローズアップされて世界的作家にまで誇大成長することになったり、角川書店が大々的に売ろうとするキャンペーンで、テレビCMや映画化や膨大なPRをした結果、横溝正史や森村誠一が数百倍読まれるようになったり、けっこう恣意的に操作できることが証明されています。

もちろん、その作家にそれだけの評価に値する存在証明としての内容と質があった訳ですが。
これは、名指しした3人の作家の名誉のためにも、あるいは私自身がかなり好きなこともありますので言っておかなければなりません。

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「拍手喝采は人を愚にするの道なり。つとめて拍手せよ、つとめて喝采せよ。渠(彼)おのづから倒れん」

「(広い宇宙といっても間違いないものがふたつある)我が恋と、天気予報の『ところにより雨』」
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ところで、本書は近年の明治文学再評価の牽引者のひとりである坪内祐三の手によって編集されたシリーズの中のもので、今みわたしても文庫本などにも手軽に読める斎藤緑雨の本がない現状に救世主のように現れた一冊です。

スパッとみごと一刀両断に切って見せてくれるアフォリズムがあり、情緒漂う花柳小説あり、真摯で諧謔な日記あり、そして圧巻というかお見事というか、自分の死亡広告も書いたというちょっと変わった一面もある中身は、さて彼の再評価のターニングポイントになるのかどうか。

記述日 : 2010年01月24日 12:37:35 斎藤緑雨 (明治の文学) 関連情報

斎藤緑雨 緑雨警語 冨山房百科文庫 (41)

当方、20代中盤です。
映画「イノセンス」に影響されて購入しました。
古い言葉遣いで理解に時間の掛かる箇所もありますが、辞書とgoogle先生を駆使して楽しみながら読み進めています。 緑雨警語 冨山房百科文庫 (41) 関連情報




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