わたしが初めて読んだ大人の本。
航海中の壮絶な体験が記されているわけでもない。「私」が航海で経験したこと、感じたこと、思ったことが自虐的ですらあるのに決して下品にはならないユーモアで描かれている。ところが、俗物的な人物のように書かれている「私」は突然詩人になり、その想いを叙情的に語り始めたりする。そのギャップが北杜夫だ。
そして、リアルだとか、臨場感溢れるといったことを主題とした紀行文でないにも拘わらず、「小説家」北杜夫の瑞々しい文章によって、その情景が次々に目に浮かんでくる。50年近く前に書かれたこの作品が現在に至るまで読み継がれているのは、この文章があるからだろう。
私が初めて読んでからもう25年以上が経過している。海外旅行は一般的ではなかった時代だったので、全く知らない「異国」が書かれたこの作品を何度も繰り返し読んだ。そして、今でも時々読み返すことがある。
どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫) 関連情報
本書は、昭和61年から雑誌に継続連載されたエッセイの中から家族内の出来事を中心に編集されたものです。御存知のように北さんは、本年10/24にご逝去され、今後も何冊か遺作が出る可能性はありますが、現時点では、これが最終刊の本です。私も40年以上前、大学生でしたが北さんの文学にはまり、楡家の人々、白きたおやかな峰、どくとるマンボウ青春期等を読み漁りました。又、この当時、精神科医の作家が輩出し(北さん、なださん、加賀さん、そうそう茂多も)、憧れたものです。
内容は、北さん独特のユーモアで家族の事を記したエッセイですが、やはり一番興味深いのは、ページ数も一番多い株騒動の事でしょう。北さんは、良く御存知のように、ソウウツ病で、ソウのときには、株式の短波放送を聞くと、まるで進軍ラッパを聞いた馬のようになって、ついつい株を注文してしまうらしいです。それも現物ならまだしも信用取引をしだすと素人では手に負えません。上がっているときはいいですが、下がり始めると追証、追証で自転車操業、実際、借金、前借、返済の繰り返し。ご家族の方は、さぞかし大変だったでしょうね!そして、そんな父親の姿を見てきた由香さんの結婚です。北さんは、娘さんの結婚式で、一度も味わわなかったなんともいえぬ感情が私を捕え、私は一瞬、両眼に涙が溢れるのを感じたと書いておられます・・やはり父親ですね!
そして、解説をその由香さんが書いておられます。由香さんは、父親のそうのときに散々な目に遭っていますから、父親の本を殆ど読んだことがないそうです。家族旅行をしたことがないとか、母親は、あのそうの狂乱時代を良く乗り切ったとか、娘特有の厳しい見方が目立ちますが、最後に、どれも懐かしい昔の思い出である。明日も父を起こして散歩にゆくが、あと何年、続けられるのだろうか・・・と文を結んでおられます。最後に少しほろっとなりました。本文以上に、解説に心打たれました!!
マンボウ家族航海記 (実業之日本社文庫) 関連情報
少し間をはずしたような文章が
独特で、はじめはとまどうのですが、
だんだんユーモアを感じるように
なっていきます。
緊張感を感じさせない文章が
とても新鮮でした。
どくとるマンボウ航海記 (中公文庫) 関連情報
北さんは大腿骨骨折のあと肺炎でまた入院し、退院したあとは娘さんの地獄のリハビリが待っていた。そしてハワイだ、スキーだ、熱海だ、箱根だ、紅葉だ、ゴルフ見学だと娘さんらに盛んに連れ回される。(ゴルフ見学は絶筆)山梨や山形で開催された「どくとるマンボウ昆虫展」での講演、麻布中学の博物班でフクロウと呼ばれた先輩との再会なども楽しい思い出であったろう。
4日前まで元気にしておられ、あっけない最期のようだったが、幸せな晩年だったのでしょう。「マンボウ家の50年」と題した奥様の手記もファンなら必読。
マンボウ最後の家族旅行 関連情報
題名の「青春記」の通り、10〜20代に読むが最善ですが、エバーグリーンというもので、何歳の方が読まれて、腹を抱えて笑い、人生について学ぶこと多いのではないでしょうか。以下本書より、引用。
一人の男が某教師に深刻な顔して打ち明けた。
「どうも自意識過剰なんです。」
彼をギャフンとさせた明快なその返答。
「君らにはまだ自意識と呼べる自意識なんてものはありませんよ。」(新潮文庫版P163)
「一本(イッポン)。」参りました。
どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫) 関連情報